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静岡地方裁判所 昭和56年(わ)583号 判決

主文

被告会社株式会社伊東ビルを罰金一万円に

被告人伊東稔浩を懲役三月に

それぞれ処する。

被告人伊東稔浩に対し、この裁判確定の日から二年間その刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告会社株式会社伊東ビル及び被告人伊東稔浩の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社株式会社伊東ビル(代表取締役伊東賢之助)は、昭和四一年六月六日設立された有限会社伊東ビルを同四七年一月五日株式会社に組織変更し、右有限会社伊東ビルがその設立当初から静岡市南町一八番九号において営んでいた特殊公衆浴場「トルコニユーグランド」の営業を承継して同五六年四月二六日まで同所において引続き右浴場を経営していたもの、被告人伊東稔浩(以下被告人という。)は、右有限会社伊東ビル及び被告会社株式会社伊東ビル(以下被告会社という。)の各代表取締役等としてその経営全般を掌理するとともに、右浴場従業員等を指揮監督していたものであるが、被告人において、被告会社の右業務に関し、静岡県知事の許可を受けないで、同四一年六月六日から同五六年四月二六日までの間、右浴場で、所定の料金を徴収して、多数の公衆を入浴させるなどし、もつて、業として公衆浴場を経営したものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告会社の判示所為は公衆浴場法一一条、八条一号、二条一項に該当するので、その所定金額の範囲内で被告会社を罰金一万円に処し、被告人の判示所為は同法八条一号、二条一項に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役三月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間被告人の右の懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告会社及び被告人に連帯して負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断等)

一  静岡県知事の許可に基づいて営業した旨の主張について

1  弁護人は、被告会社は昭和四七年一二月一二日県知事に対し提出した許可申請事項変更届が受理され同日以降県知事の許可に基づいて公衆浴場を営業してきた旨主張する。

2  前掲各証拠によれば、弁護人主張の許可申請変更は、許可名義人を伊東賢之助から被告会社に変更する旨の変更届が静岡南保健所に提出され、同保健所において進達文書を作成した上静岡県衛生部長の決裁により許可台帳の訂正が為されたことが認められる。右経過にかんがみれば、行政行為が不存在であると言うことはできないが、右変更の内容は、営業許可名義人を伊東賢之助から被告会社に変更するというものであつて、そもそも許可名義人の変更は旧名義人に対する許可の撤回と新名義人に対する新たな許可という形式で行われなければならないと解すべきであり、これを許可申請事項変更という形式で行うことは許されないものと思料されるうえ、右申請時には風俗営業法の改正により静岡市内において特殊公衆浴場の新規営業許可は認められなかつたのである。行政処分に存する瑕疵が重大かつ明白である場合、即ち行為に内在する瑕疵が重要な法規違反であり瑕疵の存在が外観上明白である場合には、当該行政処分は権限ある行政庁又は裁判所の判断を待つまでもなく無効である(最判昭和三〇年一二月二六日 民集九巻一四号二〇七〇頁参照。)と解すべきところ、本件変更は、許可の撤回と新たな許可を為すべきところを許可申請事項の変更という手続で行つたものであり、その瑕疵は重大かつ明白と言わざるを得ず、無効な行政処分であると思料する。行政行為が無効であれば行政行為は何ら法律上の効果を生じないから、法律上の効果という点では行政行為の不存在と何ら異なるところはない。従つて、被告会社は無許可で営業を行つたものと認められ弁護人の主張は採用できない。

二  公訴時効の主張について

1  弁護人は、前記一のとおり被告会社は昭和四七年一二月一二日以降許可申請事項変更届が受理され県知事の許可に基づいて営業していたものであるから、仮りに同月一一日以前の行為が罰せられるべきものとしても、すでに三年の公訴時効が完成している旨主張する。

2  しかしながら、前記一で述べたとおり、右変更届に基づく変更許可は無効であり、被告会社の無許可営業は昭和五六年四月二六日まで継続したものであるから、同日から公訴時効が進行すべきものと解すべきであつて、本件公訴提起の日である同年九月一一日には未だ三年の公訴時効は成立しておらず、弁護人の主張は採用できない。

三  可罰的違法性がない旨の主張について

1  弁護人は、仮に、被告会社に対する許可が存在しないとしても、全期間を通じ、いわゆる対物的許可である伊東賢之助に対する公衆浴場営業許可に基づき同人を中心とする同族会社である有限会社伊東ビル及び被告会社が公衆浴場を経営してきたことは伊東賢之助に対する右許可の範囲内の許可された行為であつて可罰的違法性はない旨主張する。

2  公衆浴場法には二条二項に物的要素について規定されているがさらに同法の規定について見ると、「業として公衆浴場を経営しようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならない、」(二条一項)として人が公衆浴場業を営むには許可を必要とする旨を明文をもつて定めた上、公衆浴場営業者が営業に際して採るべき措置を法定し(三条一項、四条、五条二項)、「都道府県知事は、営業者が二条四項の規定により付した条件又は三条一項の規定に違反したときは、二条一項の許可を取消し、又は期間を定めて営業の停止を命ずることができる。」(七条一項)として営業者の行為を原因とする許可の取消又は営業の停止を認め、「この法律施行の際、現に従前の命令の規定により営業の許可を受け、又は営業の届出をして、浴場業を営んでいる者は、二条一項の許可を受けたものとみなす。」(一三条)とも規定しているのであるから、これら法文の定めによれば、法は、公衆衛生の増進及び向上を図る目的のもとに、浴場の構造、設備等についての物的要素そのものを規制の対象とするとともに、浴場業の営業行為に着目し、人の営業行為を対象とする人的規制の方法をも選択しているものと解するのが相当である。従つて、公衆浴場業許可はいわゆる対人的許可でもありかつ対物的許可でもあり、許可の行為は当該申請人についてだけ生ずるものと言わなければならない(名古屋地判昭和五三年一月三〇日 行裁例集二九巻一号四九頁参照。)と解される。

公衆浴場業許可が対人的処分でもある以上、静岡県知事の為した伊東賢之助に対する公衆浴場業許可の効果は許可名義人である伊東賢之助個人に対してのみ及び、有限会社伊東ビル及び被告会社に対しては及ばないと解すべきである。

又、許可名義人である伊東賢之助が有限会社伊東ビル及び被告会社の同族関係者であり右賢之助が両会社の経営にあたつて中心的役割を果たしていたことを以て、右賢之助に対する許可が両会社に及ぶかについてであるが、法人税法に同族会社の規定があるとは言え、同法の目的は公平な税負担の実現であつて、公衆衛生の増進及び向上を目的とする公衆浴場法とは立法趣旨を異にするから、本件の場合に有限会社伊東ビル及び被告会社と伊東賢之助とを同視しなければならないものではなく、伊東賢之助か有限会社伊東ビル及び被告会社の同族関係者であることを以て、両会社が伊東賢之助に対する営業許可の範囲内で営業していたと言うことはできない。公衆浴場業の許可制が公衆衛生の確保等合理的な理由から是認されるものである以上、これに違反して為された本件無許可営業の行為は、右許可制の目的に反し、被告人らの本件所為は、動機・目的・営業期間等合わせ考えれば、可罰的違法性を有すると言わざるを得ず弁護人の主張は採用できない。

四  被告人の無許可営業の認識について

1  弁護人は、被告人が無許可営業であることの認識を欠いていた旨主張する。

2  しかしながら、被告人の司法警察員(昭和五六年四月七日付け、同月二二日付け及び同月二九日付け)及び検察官に対する各供述調書、第二回及び第三回公判調書中の証人伊東賢之助の供述部分、伊東賢之助の検察官に対する供述調書によれば、被告人が当初から、有限会社伊東ビル及び被告会社が本件公衆浴場の営業を行つていた旨の認識、及び右営業許可が右会社名義ではなく伊東賢之助個人名義で為されていた旨の認識を有していた事実が認められるうえ、これらの証拠に加え、水野和男の検察官に対する供述調書、御宿和男、野田昭男、望月吉太郎(二通)、沼本敬直(二通)及び向井増男(二通)の司法警察員に対する各供述調書によれば、被告人が本件許可名義人変更当時、右変更は許可申請事項変更という形式では法律上為し得ず、右変更が無効である旨の認識を有していた事実が認められ、弁護人の主張は採用できない。

五  違法性の意識を欠く旨の主張について

1  弁護人は、本件は純然たる無許可営業ではなく、個人の営業許可に基づいて同族会社が営業を行つた事案であり、被告人としては、これが構成要件に該当するとしても、その違法性を意識していなかつたし、その可能性もなかつた旨主張する。

2  そもそも故意の成立には違法性の意識を必要としない(最判昭和二三年七月一四日 刑集二巻八号八八九頁参照。)と解すべきものであるから、弁護人の主張は採用できない。

六  不平等な起訴であつて公訴権の濫用である旨の主張について

1  弁護人は、無許可営業そのものに対する刑事制裁以外の目的で、可罰的違法性のないあるいは少ない犯罪について不当な差別的起訴をするのは、明らかに公訴権の濫用である旨主張する。

2  確かに検察官の訴追裁量権の逸脱が公訴提起を違法ならしめる場合が有り得るが、そのような場合、公訴提起自体が職務犯罪を構成するような極限的場合に限られる(最決昭和五五年一二月一七日 刑集二四巻六七二頁参照。)と解される。本件は、このような極限的場合に該当しないことは明らかであるし、捜査、公訴提起を通じ、人種、信条、性別、社会的身分又は門地等により被告人らを不当に差別したことがないことが認められ弁護人の主張は採用できない。

よつて主文のとおり判決する。

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